●名案●


現在の菩提樹寮に住む生徒は少ない。大きい寮の浴室も、時間帯によっては独り占めだ。
夏場はいいが、冬のこんな時期、風呂場が広いというのは結構エネルギー効率が悪いんじ
ゃないかとぼんやり思って、いやそんなことを考えている場合ではと律は首を横に振った。
今問題なのは、大地の誕生日プレゼントだ。
プレゼントを手袋にしようというのは早くに決めていた。登下校を共にするたび、手袋な
しの大地が気にかかっていたからだ。コートのポケットに手を突っ込むのは暖かいが、い
ざというとき危ない。演奏者たる者、手は大事にしないと。
問題はそれをどこで買うかだ。律は横浜に来てから、日用品や食料以外のものを買いに出
たことがない。どんな場所に行けば思うような商品が手にはいるのか、あまり見当がつか
ない。寮の友達に聞いてみたが、彼らの知識は自分と似たり寄ったりだった。音楽科のク
ラスメートは偶然、遠方から通学する生徒が多く、うーん、ここかな、とあげられた店の
住所にどうやってたどりつけばいいかが、まず律にはわからない。
「…ほんとは、大地が一番こういうことに詳しそうなんだが」
しかし、プレゼントしようとしている本人にそれを尋ねるのはいかがなものか…。
ぶくぶくぶく、と口元まで湯船につかって律は考え込んだ。
そのときがらりと浴室の扉が開いた。
「よー、如月」
声をかけながら同級生が入ってくる。
「お前、夏休みは帰省しなかったらしいけど、正月は帰るのか?」
「ああ、そのつもりだ」
「みやげ、どうする?…俺さあ、夏になにも買って帰らなかったら、弟にすごいブーイン
グ食らってさあ。…なんか安くてうまくて日持ちするもん、知らねえ?」
思わず律は眉間にしわを寄せた。
「……俺にそれを聞くのか…?」
「お前は知らなくてもさ、お前、普通科の榊と仲いいだろ?あいつ地元っこだし、いろい
ろこういうこと詳しそうじゃん。聞いてみてくれよ。で、よさげなものがあったら俺にも
教えてくれ」
・・・・。
律ははっとした。
…そうだ、みやげ。…みやげを買うというのを口実にして、大地に連れ出してもらえばい
いのだ。その道中、もしかしたら思うようなものが見つかるかもしれない。
「それがいい」
「……は?」
思わずつぶやいた言葉を、同級生は自分にだと思ったのだろう。頭をシャンプーで泡だら
けにしながら振り返ったので、律はいやその、と口ごもり。
「いい案を思いついた。ありがとう」
「……俺、なんかいいこと言った?」
「ああ」
ふうん?と、不思議そうにしながらも悪い気分ではないらしく、彼はさすがに音楽科らし
い見事な口笛を吹きながらまたシャンプーに戻る。律はうむうむ名案だと一人うなずきつ
つ、またぶくぶくと湯船にもぐった。
白い湯気が笑うように、ふわふわと律をくすぐってすぎていった。