●昼の月● 狭い歩道橋の上を、すごいスピードで大地と律の傍らをすり抜けていった小学生達が、階 段を下りる寸前で立ち止まり、 「月だ!」 と叫んだ。 「わー、ほんとだ、月だ月」 言いながら駆け下りていく。 こんな昼間に月?と、彼らが指さした方角を見上げると、よく晴れた東の空にぽかりと、 白い半月が昇っていた。 「昼の月なんてしみじみ見たことがなかったけど、こうやって見ると頭の中で思っていた よりきれいだな」 真っ青な空にくっきりと白く。クレーターが作る模様もかすかながら見えて、まるでレー スペーパーの切れ端のようだ。 「きっと、空が青いからだ」 珍しく律が抽象的なことを言う、と、大地は少し驚いて斜め後ろの律を振り返った。律は 大地を見ず、空を見上げている。…しかし彼は、別に抽象的な意味で言ったわけではなか ったようだ。 「もしこの空がもっとぼんやりした水色だったら、俺はきっとあの月を美しいとは思わな かった。…この空がこんなに青いから、あの月はきれいに見えるんだ」 視線がゆっくりと降りてきて、大地に向けられた。その目がふっと笑って。 「……珍しいな、気付かないのか」 「…は?」 「こんな比喩は、…本当は俺より大地の方が察しがいいはずなのに」 ……比喩? 「…俺たちのアンサンブルと同じだと、…言ったつもりだった」 ぽかんとしたままの大地の横を、髪を揺らして律がすり抜けていく。歩道橋の端まで歩い て、ついてこない大地を振り返り。 「…先に行くぞ」 細めた目は、呆れているのか、笑っているのか。慌てて動き出す大地を待たずに律は階段 を下りていった。 空で、月も笑っている。