●東へ● 授業が昼までだった帰り道、知り合いのギャラリーに寄り道しようと、いつもとはちがう 道を選び、高速道路の高架下を抜けようとして、ふと蓬生は足を止めた。 轟音が耳をつんざく。 ぐらりフェンスに寄り添いもたれかかって、冷たいコンクリートの塊を見上げると、車の 立てる重い音が東へ西へと頭上を通り過ぎていく。 この道を、ずっと東へ、…いくつかのジャンクションをつないでひたすらに車を走らせれ ば、彼の住む街へ着く。 自分の街によく似た、…けれど光の色が違う街並みを思い出し、蓬生は目を閉じた。 海からの風が潮の香りを運んでくる。遠くかすかに汽笛も聞こえる。だが目を開けばそこ はいつもの自分の街で、…かすかな失望を覚えた自分の心を、蓬生は自ら嘲う。 −…遠く離れとったら、…そのうち思いなんて薄れていくもんやと思とったのに。…とん だ思い違いやった。 書店で見かける旅行ガイドに、街で流れる音楽に、通りすがる観光客の、こちらではあま り聞き慣れない標準語のアクセントに、…はっとするたび、彼を思う。 そのたびに心が揺れる自分を、いっそうっとうしいとすら思うのに、自分ではどうにもま まならない。 「…遠くにおる相手を好きになるって、…ほんま、めっちゃめんどくさい……」 心にもない悪態をついて、代わりに吐息を飲み込んだ。 ゆらり、フェンスから身を起こしてまた歩き出す。頭上で東へ向かうトラックが、割れる ような騒音を立てて通り過ぎていった。