●残す。● 目が覚めると、キッチンの方から物音がしていた。大地が目をこすりながら傍らを手だけ で確かめると、シーツにぬくもりは残るものの、人の姿はない。 のろのろと起き出し、キッチンをのぞく。 蓬生は適当にシャツを羽織っただけの姿でのんびりコーヒーを飲んでいた。 「ずいぶん朝が早いけど、…大丈夫かい?」 声をかけると目を上げて、小さく肩をすくめる。 「体のことやったら、別に何とも。…コーヒー、良かったら」 あごでサイフォンを指し示されたときに、おや、と思った。露わになった白い首筋に、赤 い跡が一つ残る。 …思わず手を伸ばして、触れた。 「…何」 唐突だったからだろう、蓬生が少し身を引く。 「いや。……悪い。服で隠せないところに、跡をつけた」 「…」 気付いていなかったのだろう。蓬生も思わずという様子で、大地が触れた箇所を指で探っ た。 「…珍しなぁ。…いっつも大地、あんまり跡つけんのに」 「そうだな。…気をつけるようにしていたんだけど、うっかりしたよ」 少しうなだれた大地の頭を、くすくすと笑いながら蓬生がそっと撫でる。 「別に、すまながらんでいいのに。…あんまり激しいんは困るけど、たまには跡の一つく らい残してってくれんと」 「…蓬生」 「お行儀いいんは大地の美点やけど、…よすぎるんは、こっちとしてはちょっと切ない、 て、…知っとった?」 「…」 答える代わりに口づけを落とす。吐息を絡めながら、以後、気をつけるよ、とつぶやくと、 蓬生が口移しに忍び笑いをくれた。