●干菓子●


「こんな深夜にホテルのロビーが待ち合わせ、て、何か俺ら、浮気してるカップルみたい
やなあ」
にやにや笑う顔を、大地は少し嫌そうに睨んだ。
「はるばるやってきて顔見たとたんに言われるセリフがそれだと、帰りたくなるな」
「何拗ねてるん。単に挨拶しただけやんか。久しぶり、元気ー?って」
「今のセリフのどの文脈を拾ったらそうなるんだ!」
思わず声を荒げてしまって、はっと口を押さえる。行き届いているフロントスタッフは、
何も聞こえなかった顔をしているし、ロビーに他の人影はない。蓬生だけがくすくすと笑
う。珍しく和装で、よく似合っているのだがこの時間帯としては少し目立つ姿だ。
「怒りっぽいなあ。カルシウム、足りてへんのとちゃう?…あ、それとも血糖値が下がっ
てるんか。腹へったら誰でもいらいらするしな。……はい」
おもむろに懐紙に包まれたものを差し出されて困惑する。
「……何」
「甘いもんの一つもつまんだら、ちょっと落ち着くで」
無理矢理に押しつけられた懐紙の包みを開くと、美しい細工の干菓子がこぼれ出てきた。
「…まさか、常にふところにこういうものを入れてる?」
「まさか。…昼間、じいさんの都合で茶席に出んならんかってん。…参ったわ、しょうも
ない用事で。正客やから、着物着ていけてやいやい言われて、あげく」
「見合いだった?」
語尾をすくい上げるように大地が口にした。
「……何でわかるん」
「そういう文脈は読めるんだ」
「そういうとこ、やらしいよな、君」
嘆息されて少しまたむっとしてしまう。
「やらしいっていう形容詞はおかしくないか?」
「正直な感想をおかしいとか言われても知らん。…ほんで?」
「…何」
「かわいい子やったかとか好みのタイプやったかとか根掘り葉掘り聞いて、嫉妬してくれ
るところやろ、ここは」
「…東金に似てた?」
「……何で千秋を引き合いにだすん」
「土岐は、東金以外はどんな美女でもぴんとこないだろ?」
蓬生は二度まばたいてから、小さく嗤う。
「…たいがいのコンプレックスやなあ」
そして、肩をすくめるだけの大地を無視するように、立て板に水で見合い相手の特徴を並
べ上げ始めた。
「かわいい子やってんで。豆柴みたいでころころしてて、柔らかそうな髪の毛がふわふわ
してて。それでいて、お茶やらお花やら一通りのことはきっちり仕込まれてますって感じ
で締めるとこはぴしっと締めて。家柄は上々、学校はお嬢様御用達」
そこで言葉を切り、首をすくめて。
「…まあでも、お断りしたけど」
大地は静かに笑っている。
「東金に似てないから?」
「ちゃうて。…しつこいな。…俺の好みは小型犬やのうて、大型犬やから、や。……なあ、
大地?」
「…何でそこで俺を見てにやにやするんだ。…近況報告はもういいだろ、そろそろ行こう、
腹がへって死にそうだよ」
「……相変わらず、照れ隠しが下手くそやなあ」
「……」
ふっ、と蓬生は笑った。
「…そう、大事なこと言うん忘れとった」
「…?…何。まだ何か」
「……忙して疲れてるのに、時間作って会いに来てくれて、ありがとう。……会いたかっ
た」
大地は瞠目して、…それからため息をついた。
「それを最初に言ってくれるとかわいげがあるのに」
「せやけど、会うていきなりこんなん俺が言うたら、絶対大地、『何か悪いものでも食べ
たのかい』って言うやろ」
「……」
「……」
「……否定できないな…」
ほらみい、とげらげら蓬生が笑い出す。大地も苦笑いしながら顔を背けた。
…見慣れない和服姿に少しどきどきしていること、…もし正直に言ったら「悪いものでも
食べたか」と聞かれるのは自分だろうなと思いながら。