●嫉妬する・月●


朝食をとろうとエレベーターを待っていると、大地の携帯が鳴った。
「こんな早朝から、何だろ」
「アラームか?」
「いや、メールの着信。…誰か、今日のスケジュールの確認かな」
律に答えながら携帯を取りだした大地は、送信者の名を見るなり、げっとつぶやいてしか
めっ面を作った。
「…どうした」
「土岐からだ」
「………」
「…うわ、しかもスケジュールの連絡じゃなくて朝っぱらから嫌味かよ。…こんな時間に
わざわざ送ることじゃないだろ」
言いながら、返信のために携帯を操作し出す大地を見ながら、律は氷の塊を呑み込んだよ
うな気持ちになった。
土岐の相手をする大地は、律といるときよりもいきいきしている気がした。そんなはずは
ないと理性はすっぱり否定しようとするのだが、感情が追いつかない。呑み込んだ幻の氷
は砂のように味気なく、それでいて奇妙に嫌な後味を残す。

……俺は、嫉妬しているのだろうか。
…これが、嫉妬というものなのだろうか。

律は自問した。
大地は、上手い言葉で文面を返すことに夢中になっているのだろう。律の様子には気付か
ない。律はこの三年間、ずっと大地と一緒にいて、自分でも気付かないうちに、大地に自
分の心をすくい上げてもらうことに慣れていた。…だから今、あふれてしまいそうな感情
を、どう処理していいのかわからなくて。
「…っ」
はっと気付いたときには、携帯を操作する大地の手を押さえていた。
「…律」
驚いたような大地の声が、律を狼狽させた。しどろもどろに言い訳する。
「エレベーターが、来そうだから、……続きはまた、後ですれば……」
律の言葉にかぶせるように、ちん、と音を立ててエレベーターが着いた。
「…そうだね」
大地は穏やかに笑って、
「そもそもこんなメール、無視すればいいんだ」
携帯をポケットに突っ込み、空いた手で律の手を引いてエレベーターに乗り込んだ。
「…大地」
つながれたままの手に戸惑って、律がそっと名を呼ぶと、大地は小さく律に目配せして、
つないだ手にぎゅっと力を込めた。
「…ごめん。しばらくこうさせて。……律がやきもち妬いてくれたのがうれしくて、こう
していないと抱きしめてしまいそうなんだ」
大地の言葉が腑に落ちたとたん、かっと耳が熱くなった。…血が頭にのぼって、ぐるぐる
音を立ててめぐっている。ここに鏡はないが、もしあれば自分はきっと信号のように赤く
なっているのだろうなと思う。
見下ろした大地が、ふうっ、と、息だけで笑って、……手の力はまた少し、強くなった。