●雷鳴● 明け方、雷の音で目がさめた。 眠りが深い様子の傍らの身体を起こさないよう、そっとベッドを抜けだし、ホテルの窓か ら外を見る。 駅に面したシティホテルは、元々眺望など気にしていない作りで、窓から見えるものも高 架の線路にそって続く無機質な路地裏だけだ。大地がぼんやりと視線を路地から空に向け たとき、はっとするような閃光がひらめき、防音がきいているはずのホテルの室内にまで 雷鳴が轟きわたる。……そして、大粒の雨が窓ガラスをたたきはじめた。 「…雨、降ってきたん」 声に振り返ると、蓬生が布団からでないまま、目だけまっすぐに大地を見ていた。 「目がさめたのか。…まだ、朝早いのに」 「めっちゃうるさいから、さめてしもた」 「…ひどい雨だけど、通り雨だと思うよ。……今日は、帰りを急いでいるんだっけ」 「…いや、別に。……それに、ここからやったら駅まで走ったらええやろ。駅に入ってし もたら、後は濡れんと神戸まで帰れる」 「俺は折りたたみだけど傘を持ってるよ。…いざとなったら、相合い傘でも」 「勘弁してや。…こんなでっかい男二人で、ちっこい折りたたみで相合い傘なんか、でき るわけないやん。………寒いわ」 確かにそうだなと大地が苦笑すると、蓬生は何故か大地をじっと見て、 「寒い」 と繰り返した。 「ああ、わかってる。…変な提案をして悪かったよ」 「ちゃうて。……このホテル、ビジネスユースの割に無駄にベッド広うて、寒い」 「……っ」 蓬生の言葉の意味が腑に落ちたとたん、大地は思わず息を呑んで動きを止めた。蓬生はそ の喉の音を聞いたのか、瞳を細めて艶然と笑う。 おいで、と、……もう一押し誘う言葉は、唇の形だけで声にはならなかったけれど、固ま った身体を再び動かすには充分だった。 身を寄せ合い、熱を分け合う。唇を重ねては、抱擁に溺れる耳に、もう雷鳴は届かなかっ た。