●星と待つ明日●


書庫にこもって鬼道の竹簡を読みふけってしまい、じじ、と音を立てて油が切れ、灯りが
消えるまで熱中してしまった。気付けば、もう深夜だ。役には立たない火皿を残し、寝る
前の気分転換にと、那岐は宮をぐるりと散歩した。
誰もがもう寝静まっているのだろう。時折見張りの兵とすれ違う以外は、起きている者の
気配はない、…と思ったら。
大人数での謁見に使われる本殿の階段に腰をかけ、ぼんやりと空を見上げている男がいた。
足音で、那岐に気付いていたのだろう、
「思いがけない時間に出会いますね」
にやりと笑ったのは柊だった。
何となく近づいて、その傍らにすとんと座る。
「あんた、何してんの、こんなとこで」
「星が騒ぐので、星を見ていました」
つられて空を見上げる。…異世界で習い覚えた星座と、こちらの星は同じ場所にあるのだ
ろうか。那岐はあまり星座に詳しくなかったので、西の空に傾いたオリオン座を見分ける
のがせいぜいだ。振り返って本殿がなければ、北の空に北斗七星くらいは見つけられるか
もしれないが。
「あんたの先見って、つまり、占星術なの?」
柊は那岐の問いにかすかに首をかしげた。
「占星術、とは、星を見て占うことなのでしょう。…それとは少し違います。私は、星の
声を聞く、のですよ。…場合によっては、状景が目に浮かぶこともありますがね。…今日
のように月のない夜は、星の声がよく聞こえます」
「…ふうん」
よくわからないが、鬼道のことを那岐が布都彦に上手く説明できないのと同じで、柊も門
外漢の那岐にはそれ以上説明できないだろう。…だから、ふうん、とだけ相づちを打つ。
…すると不意に柊が腰を上げた。
「もうずいぶん遅い時間ですよ。子供は寝る時間です」
さあ、帰りましょう、というわけか。
「子供扱いするなよって言ったら、そういうことを言うのが子供の証拠ですって言うんだ
ろ」
「よくわかっていますね」
柊はくっくっと笑う。
「思い出しますよ。…昔、忍人も、今の君と同じことを言ってよく怒ったものです」
「忍人は十歳くらいだったんだろう。…実際に子供だっただろうけど、僕はもう十八だよ。
いつまでも子供扱いは勘弁してくれないかな」
ふと、柊が笑い収めた。しみじみと那岐を見て、やや、眉を寄せる。
「……何」
「…いえ。…そうですか、君はもう十八ですか」
「今年の九月が来れば満で十九だから、中つ国の考え方ではもう二十歳だよ。…どうして」
「……私が、一ノ姫や羽張彦と禍日神に立ち向かったのも二十歳の頃でした。…今の君を
見て、当時の自分も幼かったのだなと振り返るのは、君に失礼かもしれませんが」
「失礼だね」
那岐は唇を尖らせた。
「『ああ、那岐ももう大人なのですね』…そう言うべきところだよ、ここは」
「…すぐそういう主張をしたがるところが、いかにも子供なのだと思うんですがねえ…」
「うるさい!」
胸に刺さった一瞬の痛みを呑み込んで、柊はくっくっと笑い出した。
ざわめく星達は、今夜は柊に何も教えてくれないようだ。ただ穏やかに、穏やかに、明日
が来る。