●初雪● 夕方から吹き始めた北風は夜半過ぎに収まったが、代わりにしんしんとしみこむように冷 え始めた。普通ならいったん入った布団からは頼まれても出たくない状況なのに、今夜に 限ってなぜだか妙に目が冴える。…那岐はため息と共に起き上がり、手燭片手に部屋を出 た。 廊下に出ると、向こうから誰かが歩いてくる足音がする。灯りは見えない。手燭なしで歩 いているらしい。那岐が何気なく燭台を向けると、ぼんやりとした灯りに浮かび上がった のは忍人だった。 「…那岐」 忍人も少し驚いた顔で声を上げる。 「こんな時間にどうした」 那岐はひそりと笑う。 「ずいぶん冷え込む夜だから、…忍人に暖めてもらおうと思って」 「…」 忍人は目を閉じ、口元だけで笑う。 「…奇遇だな」 「…?」 「…俺も、同じことを考えた」 「……」 目を合わせて、ふふ、と笑い合って、近づいて。…こつんと互いの額をぶつけ合う。 ……この冬初めての雪が、ひらひらと舞い降り始めた、深夜。