●降りじまいの雪●


都内でマンションを共有して住み始めて、初めての冬が終わろうとしていた。
授業やバイトですれ違いもあったが、それでも横浜と神戸に離れていたときに比べれば、
一つ部屋にいることで共に過ごせる時間は格段に増えた。一人暮らしならおっくうになっ
てしまうだろう雑多な家事も、当番制だと意外に苦にならないというおまけつきだ。
…その日も、いつもの役割分担で、大地が夕方食事の支度をしていると、ベランダで洗濯
物を取り込んでいた蓬生が不意に声を上げた。
「大地。…雪、降ってきた」
「え?」
慌てて火を止めてベランダに出る。いつのまにかあたりはすっかり暗くなり、重い色の雪
雲から霏々と大粒の雪が舞い降りてきている。
「今日は急に冷え込むとは思ったけど、まさか降るとはね」
「もう三月やのに、冬が戻ったみたいやな。高校の卒業式思い出すわ」
「…卒業式?」
「そっちは降らんかった?うちの卒業式は二月の終わりやったけど、なんやしらん、神戸
はえらい雪降ってん。…千秋、人気者やから校門の手前で後輩につかまって、花束やらプ
レゼントやらもろてるうちに雪で真っ白になって。……こういう雪てすぐ溶けて水気が多
いやろ。びしょ濡れになってしもて、くさっとった。俺ばっかり、濡れんとこにさっさと
逃げてずるい、て」
「…」
大地が言葉を挟めずにいると、蓬生はどこか夢見るような眼差しになった。
「…なんや、思い出したら千秋に会いたなってきたなあ。…二ヶ月前の正月に会うたばか
りやのに、……っ」
突然洗濯物ごと抱きしめられて、蓬生は目を見開いた。
「…ちょお、大地。…よそから、見える」
「誰も見てない」
「洗濯物、しわになるし」
「かまわないよ」
「…なんで。いっつもうるさいくせに」
「……」
ふ、と蓬生は息で笑った。
「…なあ。…俺が千秋の話するんはいつものことやんか。…何いきなり、スイッチ入って
ん」
「……。……会いたいって、言うから」
やや逡巡したものの、大地は正直な言葉をぼそりと吐いた。
「子供みたいやな、大地」
蓬生は呆れた声で小さくつぶやき、身をねじってなんとか片手だけは自由を取り戻した。
…その手でそっと、大地の少し癖のある髪を撫でる。
「俺は大地の側におるやんか。…大地が千秋に嫉妬することなんか、何もない」
「……」
「…て、言うてもあかんよな。…俺かって、大地と一緒におっても大地が如月くんに会い
たいってもし言うたら、妬むもん。…一緒や」
その言葉を聞いて、ふと大地の拘束がゆるんだ。…蓬生はその瞬間を逃さず、するりと腕
から抜けだし、すばやくサッシを開けて部屋の中に逃げ込んでしまう。
「ほうせ…」
慌てる大地に、
「寒いから、中入る」
蓬生は涼しい顔でガラス越し、声を張る。
「大地は頭冷やしてから入って来。誰が見てるかわからんとこで、いきなり盛ったお仕置
きや」
痛いところを突かれた顔になった大地が、渋々とガラスの向こうで背を向けた。
素直に従う従順さが、愛おしくもあり、バカバカしくもあり。
「…阿呆。…冗談や。早よ、入っておいで」
つぶやいて、蓬生はガラスの向こうの大地の背中に背中を預けた。大地が気付いて動くま
で、せめてガラス越しにでも自分の熱が、思いが、大地に伝わればいいと願いながら。

外はまだ、ひらひらと、雪。