●遠い恋も、悪くはない●


朝一番の新幹線で帰る大地を駅まで見送って、蓬生はぶらりとカフェに入った。
頼んだコーヒーが来るまでの間、水の入ったグラスを手持ちぶさたに揺らしながら、この
二日間の大地とのやりとりを愛おしく切なく思い出す。
遠く離れているということは時にひどく厄介で、互いの忙しさから電話やメールのない日
が続けば、相手は自分のことを忘れてしまったのではないかとやるせなく不安が募る。会
えるまでの時間の長さを思うともどかしく胸をかきむしりたいような気分にもなる。…け
れど。
「……!」
手元で携帯が鳴った。見れば、今別れたばかりの大地からだ。本人は余り見せない柔らか
い笑顔で携帯を見て、蓬生はゆっくりと電話に出る。
「何や、どしたん。…忘れもん?」
「…ああ」
大地が真面目に肯定するので少し慌てる。送っていった車の中には、何も残っていなかっ
たように思うのだが。
「何かあったっけ?…小さなもん?」
「…いや」
否定して、一呼吸置いて。…ほんの少しだけおずおずと、告白する声。
「早くまた会いたいって、…言うのを忘れてた」
「……!」
不安になる。もどかしくもなる。……けれど、じわりと波が寄せるように幸せな言葉をこ
うして時折もらえるから、…遠い恋も悪くはない、と辛抱できる。
「…今度は、俺が行くわ」
「蓬生はいつも突然だからなあ。…待つ楽しみがない」
「驚く楽しみがあるやん」
「…それ、驚かせる蓬生の方が楽しいだろ」
蓬生は電話に向かって、見えていないとは知りつつも拗ねた顔になった。
「文句言うんやったら、行かへん」
「…、ちょ、」
「…嘘や」
「……。…蓬生」
今度拗ねた色を孕むのは大地の声だ。蓬生はしのび笑う。
「そんなん、嘘に決まってるやんか。…俺かて」
会いたい、と言おうとしたときにコーヒーが来た。思わず続きの言葉を呑み込むと、電話
の向こうで大地が焦れたように、
「俺も、…何だって?」
とせっつく。…ちらりと意地悪な笑みを浮かべて、蓬生は改めて電話に向かって、うそぶ
いた。
「言わへん。…秘密や」
「蓬生」
「次、会うた時に言うわ。…覚えとったら、やけど」
電話の向こうで嘆息の気配。情けなく眉を寄せる顔が目に浮かんで、愛しくて。……やっ
ぱり伝えようかと、そっと電話に「会いたい」と囁いてみたけれど、小さすぎる声は新幹
線の轟音にかき消されて大地には届かなかった。