●冷たい足音●


今日一日、共に過ごすはずだった相手に振られてしまって、朝から一日もてあます時間を、
映画館でつぶすことにした。
多スクリーンのシネコンで大地が選んだのは、音が大きなアクションものだ。コーヒーだ
け買ってふかふかとよく沈む椅子に身を預けると、どかーん!ばきゃーん!!…という勢
いで、主人公が車と建物を壊し始めた。
…こんなに騒がしい映画なのに、とろりと眠くなってくるのは、昨晩時間を費やした行為
のためだ。
けれど騒音の中、耳によみがえるのは、意地悪な軽口でも相反する甘い息づかいでも穏や
かな寝息でもない。
…耳に残るのはただ、駅の雑踏の中、こつんこつんと遠ざかっていく冷たい足音。

……蓬生。

呼びかける声は音にならない。唇だけが彼の名前の形に動いて。

…蓬生。

請うのなら、行かせなければいいのに、と他人は言うだろう。大地自身、彼らの結びつき
の強さにどうしても我を押し通しきれない自分の弱さを呪う。
一口含んだコーヒーはひどく苦い。映画の筋を無視し、自分の身体が要求するまま、そっ
とまぶたを閉じる。
重い眠りに落ちる寸前、音を立てないように気遣いながら横の通路を上がっていく人の気
配を感じた。ふわりと動いた風からかすかに薫る白檀が、大地の胸に静かにしみた。