●観覧車●


観覧車はゆっくりと上昇していく。見下ろす街は、もう深夜だというのにまだまばゆく光
り輝いていて、陳腐な言い方だが宝石箱のように美しい。
しかし、ゴンドラの中は奇妙に静まりかえっていた。
ずっとこらえていた大地だが、ゴンドラが半分くらいの高さまで上昇したところで、こほ
んと一つ咳払いをする。
「……その、さ。…誘われてほいほいついてきておいて、俺が言えることじゃないけど、
……夜の遊園地なんてロマンチックなところは、もっと他の奴と来た方が良かったんじゃ
ないのかな」
大地の向かいに座ってぼんやり窓の外を見ていた蓬生は、向き直ってふと眼鏡を押し上げ
た。
「ぶっちゃけ榊くんは、なんで自分が誘われたんか聞きたいわけやろ?」
「……。…まあ、そうだね」
ふ、と、蓬生は笑った。
「せやな。…それは答えとかんならんかな。……要するに、千秋にふられたからや」
「……」
大地は困った顔をした。
「それだけやったら説明になってへんて?…ほな、もうちょっと言おか。……今日は千秋
のソロコンの決勝で、千秋は見事優勝した。小日向ちゃんも見に来てくれとって、祝賀パ
ーティーはめっちゃ盛り上がっとう。……そんな中で、千秋を連れ出すんは俺にはようせ
んし、小日向ちゃん連れ出すんもまずいやろ。馬に蹴られてまうやんか。…かというて、
その状況を見とった芹沢誘うんは何や気ぃ悪いし、あいつにはいろいろと後片付けを頼ま
んならん。……で、君に白羽の矢が立った、いうわけや」
大地は額を二本の指で押さえた。
「…そこで相手が俺になるのもずいぶん一足飛びな気がするけど、まあそれはそれとして、
……どうしてそんなに、今日遊園地に来たかったんだ?」
「…遊園地でのうてもよかったけどな。……どこか、非日常的なとこに行きたかったんや。
……今日、俺、誕生日やから」
「……」
大地が何か言うより早く、蓬生が目をすがめ、唇をねじ曲げるようにして嗤う。
「気の毒そうな顔するくらいやったら、……なあ。…今日だけちょっと自分をだましたっ
てくれへん?榊くん」
「だますって、……どんな風に」
「せやなあ、……俺と君がめっちゃ仲いいってつもりになる、いうんはどうやろ」
「……土岐は俺相手に、そんな錯覚が出来るのかい?」
「俺は出来るで。…榊くんも出来るやろ。君、外面作るのうまいやんか。……ちょっとだ
まされてみせるくらい、お手のもんやろ」
大地はため息をついてゴンドラの天井を見上げ、……それから顔を戻した。
「了解。…じゃあ、この遊園地を出るまでは、俺は君の親友だ。…それでいい?」
意識して、律に向けるような穏やかな笑顔を浮かべる。蓬生は軽く目を見開いて、ほらな、
とかすかににやりと笑い、
「…ええよ、それで」
つぶやいて、また視線をゴンドラの外へと向けた。
その寂しそうな横顔に、大地には出来ると言っておきながら、蓬生自身はやはり自分をだ
ませていないのだと気付く。
静まりかえるゴンドラは、もうすぐ頂点に達しようとしていた。