●運命の分岐● しんと静まりかえった早朝の天鳥船に足音が響く。…誰のものか、およその見当はつく。 まだ皆ぐっすり眠っている時間だろうにと思うとおかしくて、柊は目元に苦笑をにじませ る。…足音は、書庫の前でぴたりと止まった。 「…柊」 冷ややかな声に、あえてにこやかな笑顔を返す。 「おはよう、忍人。…早いですね」 「お前、いつからここにいる」 「日が昇るのを待ちかねて、ついさっき来たところですが。…何か」 「…悪いが、騙されん」 忍人の眉間にしわが増えた。 「ここに来る前に、お前の部屋を覗いてきた。…寝台に、寝た跡は全くなかった」 「……」 「一晩中、ここにいたんだろう」 「……」 柊は笑い、否定も肯定もしない。 「何をしているのか知らんが、何故そんなに根を詰める。…少しは休め」 必要だからやっているのですよ、と言い返しかけて、やめた。 「…わかりました。今日は君の言うとおりにしましょう。…今から少し休みます」 休めと言ったくせに、柊が素直に従うことは予想していなかったらしい。忍人は少し呆気 にとられた顔になった。 「…素直だな」 「君が朝からわざわざ意見しに来てくれたことがうれしかったのでね。…いけませんか」 「いや、…いいことだ。…休め」 己へのいたわるような眼差しは、筑紫や出雲では決して見られなかったものだ。時間もア カシヤも進んでいるのだ。…前へ、先へ、…彼の最期へ向けて、ひたひたと、確実に。 運命を分岐させるアカシヤは、まだ見つからない。 柊は微笑みながら、心の中だけで歯を食いしばった。