●コーヒーとミントとシトラス● 不意に突風が吹いて、律は思わず足を止めた。 「大丈夫かい、律」 傍らを歩いていた大地が、数歩先んじてから振り返る。 「歩道橋の上って遮るものがないから、横風がもろに来るね。…寒いならよかったら、こ れ」 大地が自分のマフラーを首から外そうとするので、律は慌てて押しとどめた。 「いや、大丈夫だ。少し風に驚いただけで寒くはない」 「遠慮しない」 が、大地は問答無用で律にマフラーを巻き付ける。…おもしろいもので、ただ襟元の隙間 を塞いで首をあたためただけなのに、格段に寒さの感覚が変わってくる。大地の温もりが 残るそれに、律は少し鼻を埋めた。 「…大地の匂いがする」 もごもごとくぐもった声で言うと、え、どんな、と大地は少し慌てた。 「くさい?」 「いや。…コーヒーと、ミントと、…何か柑橘系」 落ち着く。 律がそう言って笑うと、大地は少し困った顔をしてふいと目をそらした。怒ったのかと思 ったが、マフラーを失ったうなじがほんのり赤い。…照れたらしい。 「…行こうか。夜の部が始まってしまう」 足を速める大地に一生懸命ついていきながら、律はもう一度マフラーに鼻を埋めて、くす くすと笑った。