●広がる世界● 寮の裏庭でぼんやりと空を見上げる。春の夜空で一番目立つのは一等星が作る三角形だが、 都会のならいで、どうにもぼやけてよく見えない。目をこらしていると、さくさくと芝を 踏んで近づいてくる足音が聞こえた。 「こんなところにいた」 大地の声は笑っている。 「…冷えるよ」 言って、渡されたものは暖かくて甘い香りがした。…ココアだ。 「あたたまるよ」 「ありがとう」 おとなしく受け取ると、それにしても、と大地は小さく伸びをする。 「送別会の主役の一人が、こんなところにいるのはどうかと思うなあ」 「送別会なんて、どうせ騒ぐ口実に過ぎない。…大地もよく知ってるだろう」 律は苦笑で言い返した。まあね、と大地も笑う。 「ここと、名残を惜しんでいた。…俺はこの庭は、結構好きだった」 「荒れ放題なのに?」 「自然だろう。…作られた感じじゃなく、自由な緑だ」 「なるほど」 微妙な間。 「…大学に行ってもきっと、気に入りの場所は見つかるよ。…星奏学院は妖精の作った学 校だそうだからね。…何しろ、高等部の敷地内に森があるくらいだ」 「…そうだな」 律は小さく息をついた。 「大地もそうして、…俺の知らない気に入りの場所を見つけていくんだろうな」 「…見つけたら、教えるよ」 「……」 「…だから、律も、見つけたら教えてくれ。…律の見つけた新しい場所を。…楽しみにし てる。これから広がる律の世界を」 「……ああ」 律はそっとマグカップに口をつけた。じわりと甘い液体は、律の心をあたためて落ちてい った。