●夜の色の音●


待ち合わせ場所は、プラネタリウムの入口だった。
律を待っていたのは星奏学院のOBだ。プラネタリウムの新しいプログラムの曲を作曲し、
その演奏に律を抜擢した人物である。
「…ごめん…。……朝早くから、呼び出して……」
どこか茫洋としているようにも聞こえるしゃべり方なのだが、これで近年まれに見る才能
ある若手作曲家と賞賛されているのだから、人は見た目によらない。
…もっとも、律は律で、そんなOBに特に意外さを感じるでもなく、ただ淡々と「いいえ」
などと言っている。…ある意味いいコンビだ。
「…早朝でないと、試写が出来ないって…」
「…試写、ということは、完成したんですか」
「………」
OBは一旦黙り込んだ。……ややあって。
「…正直なところを、告白すると」
静かに切り出す。
「君の音を録った後で、今回のプランナーから物言いがついた」
「……」
「アマチュアの高校生のヴァイオリンではちょっと格好がつかないと、…君の音も聞かず、
勝手にプロのヴァイオリニストを連れてきて音を録り直した」
言葉の途中でOBは眉をひそめた。
「…そのヴァイオリニストの技術に問題があるとは思わない。…でも、僕の今回の曲には
合わない。……そう思ったから、僕から申し出た。……君の音とプロの音を、映像に合わ
せて聞き比べてほしい。どちらがプロでどちらがアマチュアかは明かさずにコンペにかけ
て、プラネタリウムの、……星の専門家の耳で、どちらがこのプログラムにふさわしいも
のか、判断してほしい、って」
ゆっくりとではあるが、理路整然と説明された内容に、律は少し戸惑った。…その戸惑い
を敏感に見て取ったのか、OBは少し首をかしげた。
「…自信ない?」
「……というより、驚いています。…何故そこまで俺の音を推してくださるのか」
「……」
OBはまっすぐに律を見た。何もかも見通すような透徹した眼差しで、…やがて、ぽつり
言う。
「……君の音は、夜の色だ」
「………!」
「同じ色をした音色を、僕はもう一人しか知らない。偶然だけど、君と同じ月の字を名前
に持ってる人だ」
そう言われて、律はとっさに、学院出身の有名ヴァイオリニストを思い浮かべた。
「さすがにその人は多忙すぎて、弾いてもらうのは無理だから、君に頼んだ。……気を悪
くした?」
「とんでもない。…光栄です」
律の言葉に、その日初めて、OBはふわりと笑った。
「……。……プロの演奏と自分の音を、比較する勇気はある?」
「もちろんです」
うなずく彼の顔に浮かぶのは、強い自信だった。
「…行こう。…僕の耳が間違っていないことを、証明する」
ぽん、と律の背を叩いて、OBは胸を張ってプラネタリウムに入っていった。律は深呼吸
を一つする。
歩きだす前に、録音されたはずの自分の音を思い出そうと目を閉じたとき、ふと、大地の
顔を思い出した。
「…」
その笑顔は、自分の背中を押してくれるような気がした。律は薄く笑みを浮かべ、足を速
めてOBを追った。