●さびしい魔法●


「ずいぶん片付いたな」
静かに書庫に入ってきた忍人が、ぐるりと書棚を見渡して言った。
「片付いた?どこがです?」
柊は肩をすくめた。
「まだ竹簡がごちゃごちゃと山積みになっているではありませんか」
「…それはわざとだろう?…いくつか竹簡が減っている。減ったことに気付かれないよう
にわざと乱雑にしてみせているんだ。…ちがうか」
声の静けさは、忍人の覚悟のほどだろうか。…柊は弟弟子に背を向ける。
「……お前、消えるつもりだろう」
その背中に、淡々と忍人は言った。目を伏せた柊が、唇だけで笑う。
「…だとしたら?」
「………。……陛下が寂しがる。…止めておけ」
「…寂しがられるのは、陛下だけですか?」
「……」
柊が言わせようとしていることに気付いて、忍人は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
…が、逡巡のあげく、珍しく素直に応じる。
「…俺も、寂しい」
「……」
柊は目をぱちりと開けた。…おやおや、と言うかわりに、すうっと息を吸って、…ゆっく
りと忍人に向き直った。
「…残念ながら、ことがすんだ後に私が消えるのは、私に定められたアカシヤです」
むっつりと睨み付けてくる忍人を見る眼差しは、いつになく穏やかだ。
「ですが、君がずいぶん素直なのが嬉しかったので、一つだけ、魔法を残していきましょ
う」
「……魔法?」
「…ええ魔法です。…そうですね、鬼道のようなものだと思ってください。……もし君が、
どうしても、……どうしても私に会いたいと願うなら。…畝傍山で私をお呼びなさい。何
があっても必ず、駆けつけましょう」
その言葉にはっと目をまろくした忍人に、柊は微笑みながらすっと付け加えた。
「………ただし、一度だけです」
「……っ」
「一度呼ばれて君と会えば、…その後はもう二度と、君とまみえることはありません」
柊はいかにも優しげな目で忍人を見下ろす。忍人は唇を噛み、ぎっとその柊の目を睨み付
けていたが、やがて肩を落とし、うつむいた。
「………お前は、いつもずるい」
「…。そうですね、すみません」
柊は笑った。
昼下がりの日差しはとろんと柔らかく、二人を包み込んでいた。