●眠れる王子のキス●


何かにくすぐられたような感触で目が覚めた。
一瞬、ここがどこかわからなかった。束縛されているわりに座り心地のいい、この場所は
何だろう。
「…目ぇ覚めた?」
と、笑みを含んだ声に横から話しかけられた。
「よう寝とったやん、大地。…駅着いたから、そろそろ起こそうと思とったとこや」
ハンドルに腕を置き、くすくす笑いながら蓬生が大地を見つめていた。目を合わせてよう
やく大地は状況を思い出す。神戸に遊びに来て、蓬生の車の助手席に乗せてもらっていた
のだ。今、車は止まっている。傍らからもれくる光は、蓬生の言葉によれば、駅の明かり
なのだろう。かなりまぶしく車内にも入り込んで、本当なら見分けられないはずの蓬生の
表情がくっきりと見える。
「…っ、ごめ…!」
はっと我に返ってとっさに大地は謝った。いつから自分は寝ていたのだろう。夕食をとっ
たレストランでゆっくり話し込んで、それから車に乗り込んだまでは覚えているのだが。
「ええよ」
蓬生はまだくすくす笑っている。
「朝早よから来てもらって、こんな深夜になるまで一日中連れ回して。…疲れんな、いう
方が無理やわ。気にせんといて」
「…けど、助手席で寝るなんて、サイテーだ」
「そこまで言わんでも」
「…ごめん」
「せやから、ええよ、言うてんのに。…俺も大地の寝顔堪能したしな。いっつも絶対、俺
の方が先寝て、後から起きるから、こんなことでもなかったら大地の寝顔なんか見られへ
んなて、ちょっと楽しかった。…悪戯も一つ出来たし」
「…悪戯?」
蓬生の瞳がきらりとまたたいた気がした。
「お姫様は王子様のキスで目を覚ますんが定番やけど、眠れる王子様もキスで目ぇ覚ます
んやな」
「……っ」
目覚めたときの、何かくすぐられるような、やわらかい感触はそれか。
「…ほうせ…」
言いかけた唇を、指先が止める。それまでの楽しそうな色が薄れ、眉を寄せた蓬生の瞳は
少し苦しそうで。
「もうあんまり時間ない。…もうすぐ、大地が言うてた電車が来てしまう。…余計なこと、
もう言わんでいいから」
……キスして。
吐息でねだられて、大地はシートベルトを外した。背をかたむけ、口づけると、合わせた
唇が少しだけ震えているのが切なかった。