●アドバイス● コンビニの前で車止めの柵につながれている犬に見覚えがある。 「モモ?」 呼びかけてかがみ込むと、くふんと鼻を鳴らしてぱたんぱたんと尾を振った。間違いなく 友人の愛犬だ。 「ご主人様はどうした?」 頭を撫でると、かまってもらったのがうれしいのか、モモはペロペロと手をなめてきた。 くすぐったくて笑ってしまう。驚きの声が背後から聞こえたのはそのときだった。 「あれ?律?」 「大地」 立ち上がると、モモが名残惜しそうにくうんと鳴いた。 「夕方の散歩か?」 「ああ。親に使いを頼まれたんで、ついでにね。…律は?」 「これからバイトだ」 言ったとたん、小さな吐息がもれた。聡い友人はそれを見逃さない。 「…どうかした?」 「……」 「バイト、大変かい?」 律は、星奏の音楽科を目指す受験生のレッスンを手伝っている。大地もそのことはよく知 っていた。 「いや、そんなことはない。生徒は皆素直だし。……ただ」 「…ただ?」 「一人、音がいつまでも硬い子がいて。…先輩は、家庭教師相手に緊張してる場合じゃな い、本番はもっと緊張するんだから、気にせずびしびしやれと言うんだが」 「で、その子が今日のバイトの相手だと」 大地は小さく笑った。 「…俺は、先輩の言うことは正論だと思うけど、律が気になるなら、……そうだな」 大地はふと、しゃがみこんだ。お利口でお座りを続けていたモモの頭を撫でてから、律を 見上げる。 「律。モモの頭、もう一度撫でてやって」 「……は?」 「いいから」 「…こうか」 やわらかく、耳の間を撫でてやる。気持ちよさそうにモモが目を細めるのがかわいくて、 思わず微笑んでしまう。……と、大地が、 「そう、今の顔」 と言った。 「…え?」 「生徒が一曲弾き終えたとき、今の顔をするといい。モモを撫でたことを思い出しながら どこか一箇所でいい、ほめてみて。……きっと、イチコロだよ。俺が律の生徒なら、先生 大好きですって告白するね」 「……はあ?」 「本当だって。…普段あんまり笑わない人間の笑顔って効果絶大なんだよ。騙されたと思 って一度試してごらん。……あ、頻繁には駄目だよ。ありがたみがなくなる」 「……。…よくわからないが、…大地がそこまで言うなら試してみる」 生真面目に言う自分にうん、とうなずいてくれる、友人のその笑顔の方がよほど効果的に 思えるがと、…それはこっそり心の中、つぶやくだけにして。 後日律は、本当に生徒の女の子に先生好きですと告白され、友人の言葉の恐ろしいほどの 正しさを思い知ることになるのだが、…それはまあ、別の話、だ。