●水しぶき●


ちゃぽん、という音で何気なく振り返った那岐は、目に入った光景を見て思わず頭を抱え
たくなった。
「……千尋。…何してるの」
中つ国の二ノ姫は、衣の裾をたくし上げ、橋の上に座り込んで、白い素足を川の水にひた
していた。
「あ、那岐。…見て見て、気持ちいいよー」
「……いやまあ、確かに気持ちいいだろうけど」
頭の上からは、夏も近づいて勢力を増した真昼の日光がさんさんと降り注いでいる。冷た
いせせらぎに足をひたすのは、さぞ気持ちがいいだろう。…だがしかし。
「…千尋さあ。…周りに僕しかいないからいいようなものの、布都彦あたりが見たら鼻血
吹いて卒倒するよ?」
「…?どうして?」
「…どうして、って」
「ちゃんと手元に弓も置いてるもん。忍人さんにも怒られないよ」
「そういうことじゃなくってさ」
…とは言ったものの、那岐も何だか説明するのが面倒くさくなってしまった。
「…ま、いいか」
つぶやいて、千尋の隣に座り込む。はきものを脱いで足をひたすと、歩き疲れた足の痛み
や熱がすうっとひいていくようだった。
「うあー。気持ちいい」
「ね、気持ちいいよね。足湯もいいけど、冷たい水も夏にはいいなって。…あーあ、なん
だかかき氷食べたくなっちゃった」
「…何だよいきなり」
「だってあの石、宇治金時に似てるんだもん」
千尋が指さす水の中の石は、ほぼ円錐形の白っぽい表面に緑色の苔がついていて、またそ
の上におあつらえ向きに、つぶあんのような黒っぽく小振りで丸い石がごろり隣に転がっ
ているのだった。
「氷食べたーい。…ねえ、もしどんなかき氷でも作れますよって言われたら、那岐なら何
を選ぶ?」
「はあ?」
「私ね、絶対クリーム白玉ミルク金時!」
「…載せすぎだろ、クリームも白玉もあんこもって」
「じゃあ那岐は?」
「……みぞれ」
「…だけ?」
「だけ。氷はシンプルが一番」
「えー。…あんこも載せようよ」
「千尋は載せればいいよ」
「白玉は?」
「…白玉は、ちょっとほしいかな」
「だよねだよね!」
「…千尋。…盛り上がりすぎ」
「ふふ」
笑って、千尋は空を見上げた。
「ちょっとくらいいいでしょ。…こういうことを話す時間があって、話せる相手がいるこ
とが幸せなの。…実際は手に入らない、わかってる。入らなくていい。話せるって、…そ
れだけで、いいの」
「…千尋」
ちゃぽん、と、水の音。千尋の素足が跳ね上げた水しぶきは、氷のかけらのようにきらめ
いて、散った。