●わがまま上手●


新幹線のためだけにあるような駅は、夜になるとぐっと人通りがなくなる。蓬生と大地は、
がらんとした構内をのろのろと歩いていた。
「……ああ、…大丈夫、電車あるわ」
時刻表を見上げてつぶやく蓬生の背後で大地がふと、
「…俺さ」
とつぶやいた。
「こう見えて、忍耐は美徳っていうしつけで育ってるんだよね」
蓬生は大地を振り返る。
「…。こう見えてというか、ああせやろねというか。…なんなんいきなり」
「…だから、上手なわがままの言い方がわからなくてさ。…こんなことしか出来ないけど」
「…?」
蓬生が首をかしげるのと、大地の手が伸びてその眼鏡を奪うのはほぼ同時だった。
「…ちょ…!」
大地は何ともいえない顔をしている。
「帰らないって言ってくれるまで眼鏡は返さないって、…言ってもいいかい?」
「……」
蓬生は絶句した。
「言ってもいいかい、…て。…そんな阿呆なこと言うても知らんて俺が言うたらどないす
るん」
「…。…眼鏡も返すし、神戸に帰るのも止めない」
「…」
蓬生は眉をひそめ、唇をねじ曲げた。
「阿呆。へたれ。根性無し」
「………」
返す言葉もございません、と言いたげな大地の前で、蓬生はかばんから何かをとりだして
ひらひらさせた。
「俺、こう見えてもおしゃれさんやから。……眼鏡の替えくらいもっとうし、一個くらい
君に人質に取られても全然かまへん、好きにし、……ってほんまは言いたいとこやけど」
「……っ」
大地は、やられた、という顔になった。が、蓬生は艶然と笑う。
「…けど、君のそのへたれなわがままがあんまりかわいいてつぼにはまったから」
伸ばした手で、その予備の眼鏡を大地の胸ポケットに押し込む。
「……もう一晩だけ、延長したる」
大地は鳩が豆鉄砲を食ったような顔でぱちぱちと何度かまばたいた。くす、と笑って蓬生
はそっと手を伸ばす。
「…俺も、忍耐は美徳で育っとうから、あんましわがまま上手ないんやけど、……なあ?
俺の眼鏡二つとも君が持っとうし、夜道暗いし、…危ないから、手、つないで?」
ぽかんとした瞳がゆっくりとすがめられるのを、どこか心地よい気持ちで見守る。やがて
大地はため息混じりに述懐した。
「君の方がよっぽどわがまま上手だ」
「…ふふん」
伸ばした手をつないで、互いの体で少し隠し合うようにしながら、二人は来た道を戻って
いった。
指先の熱がじわりと、体中に広がってゆく。