●毒婦と姦夫● その部屋は、蛍狩りで夜が更けてしまったことに困じてとっさに飛び込んだ安宿にしては、 布団も畳も清潔で居心地が良かった。 ゆるんだ浴衣の胸元にふざけて舌を這わせたのは蓬生が先だったが、執拗だったのはくる りと体を入れ替えてからの大地の方だった。 畳の上に押し倒され、あわせをくつろげられ、へその上辺りから始まって少しずつ上がっ てきた口づけを、鎖骨の手前で蓬生は止めた。 「ここまでや。…遊びでしたことで、いらんこと疑われんの、かなんし」 「…跡をつけるようなへまはしないよ」 「君子危うきに近寄らず、言うやろ?」 「君子?」 はは、と大地が笑った。…苦くて、昏い笑いだった。 「笑うん。失礼やな」 「だって似合わないからさ。…君を表現するんだったらむしろこっちだろう」 身を倒し、とっさに動けない蓬生の耳元に唇を寄せて。 「……毒婦」 薄く笑いを含んだ声で、そっとささやく。重なる胸から伝わる大地の体温が熱くて、じわ りと蓬生の体も熱を帯びていく。 「……俺が毒婦やったら」 淡々と返したいのに胸を押さえられているためにあえぐような声になってしまい、蓬生は 眉をしかめた。 「…君は姦夫や」 「……、……ちがいない」 笑う大地をこれ以上しゃべらせたくなくて、蓬生はそのあごをつかみ、強引に口づける。 遊びが遊びだけでなくなりそうな焦りが、ちりりと蓬生の心を灼いた。