●痛み●


テスト前で部活動が出来ないからと、律は大地に書店に誘われた。昼時だというのにテス
ト期間だからだろうか、書店は学生達でにぎわっている。
内部進学でも入試はある。苦手の英語をきたえるために、参考書の一つも選ぼうかと少し
上の棚に手を伸ばしたときだ。
ぴん、と糸を張って、そこに電流を流したような感覚が、指先に走った。
「…っ」
利き手だからとつい左手を使ったのが良くなかった。痛みよりも手が強張った感じが辛い。
友に気取られたくなくてとっさに律は左手を身体で庇うようにして隠したが、聡い大地は
どうやら律のことなど何でもお見通しのようで。
「痛めたのかい」
冷静に問うた。
「そのまま動かさないで、俺の家まで行こう。参考書はまた今度探せばいい」
「しかし」
自分はともかく、大地も欲しい本があったはずなのだ。まだ本屋に入ったばかりで、ろく
に本も見ていないはずだ。
しかし大地は律の荷物を奪ってさっさと本屋を出てしまう。追いすがるように歩きながら
律は、
「大地、俺はいいから」
言ったが、帰ってきたのは怖いくらいに真剣な眼差しだった。
「律。辛いことは辛いと言ってほしい。他の誰の前で強がったとしても、俺の前でだけは
包み隠さず正直でいて。律をサポートする上で必要なことだし、そうしてもらえる自分が
俺にとっては誇りだから」
大地はそっと、なだめるように律の肩をなでた。…とたんに肩の力が抜けて、詰めていた
息がほうっともれる。…律は、大地に触れられるまで、自分が息を詰めていることにも気
付かなかった。
「大地の前では何も隠せない」
律は眉をひそめるようにして笑い、それから、いや、と首を横に振った。
「大地には、俺自身が気付いていないことさえ見抜かれてしまう気がする」
「…。本当にそうだったらいいのにね」
律の言葉に、大地は何故か少し寂しそうな顔をした。
「本当にそうだったら、…」
その後を続けかけて大地は呑み込んだ。
「…何…?」
律が首をかしげると、
「何でもないよ、行こう。…早く父さんに見てもらった方がいい」
大地は足を速めた。
いつもは安心できるその背中が、今日は何故か自分を拒絶しているように思える。律はひ
やりと寒い心をそっと抱いた。