●夕闇の帳●


大地は菩提樹寮の住人でもないくせにやたらと寮内に詳しい。間借りする他校生で大所帯
になり、孤独になれる場所など庭くらいしかないと思っていた蓬生に、塔の階段室を教え
てくれたのも彼だった。
「使われてないから少しほこりっぽいかもしれないけど、このドアが開くことを知ってる
人は余りいないから、隠れるにはもってこいだよ。簡単だけど内鍵もかかるしね」
「いいとこ教えてもろて助かるわ」
蓬生は辺りを見回しながらかすかに微笑んだ。
使っていないわりには大地がいうほどほこりっぽくはないし、こじんまりした狭さも落ち
着く。いいところを教えてもらったというのは本音だ。…とはいえ。
「なんで君がこんなとこ知ってるん?」
言外に、寮生でもないくせに、という一言を含むと、大地は肩をすくめた。
「1年生の頃に、物珍しくて律とあちこち探検したんだよ。その成果だ。だからここは俺
と律しか知らない」
蓬生はゆっくりと目をすがめた。
「…そら残念」
「…?何が?」
「ここでやったら、君と悪いことしてもばれんかと思たのに。…如月くんが知ってるんや
ったら、怖ぁてようせんわ」
今度目をすがめるのは大地の方だった。唇の端をねじまげるようにして、笑う。
「…俺と火遊びなんか、する気もないくせに」
「そんなことないで?…遊びやったら」
「……」
蓬生の言葉に、大地は無言で肩をすくめる。
「疑うんやったら、試してみたらええやん」
「…返品がきくなら、…少しだけね」
そう言いながら伸びてきた手に、蓬生は薄く笑って逆らわなかった。背に回る手に合わせ
るように、自分からも大地の背に手をのべて、ひたりと抱き合う。
他人の体温をこんな風に全身で感じるのは久しぶりだ。
大地の大きな手がそっと蓬生の頬を撫でる。あごをとられ、持ち上げられて、…そこで少
しためらう様子なのが臆病な大地らしい。蓬生はかすかに舌を突きだし、指輪のはまった
大地の指を、指輪ごとぺろりとなめた。とたん、大地はびくりと震えた。なぜかひどく切
ない目で蓬生を見て応じるように笑い返し、そのままそっと口づけてくる。…おずおずと
したキスは、やがて大胆に積極的になり、蓬生を溺れさせた。
やがて訪れた夕闇は、階段室とその中の秘め事を、紫色の帳でゆっくりと覆い隠していっ
た。