王様のカウンター


「そらやっぱり、二十歳の誕生日、言うたら酒やろ」
落ち着いた雰囲気のバーカウンターに並んで座って、蓬生は目を三日月のように細めた。
「…まだなってないくせに」
ぼそりとつぶやく大地の唇を人差し指一本で封じ、睨め付ける。幸い、バーテンダーは他
の客の接客に忙しく、まだ二人の前には立っていない。…まあ、仮に聞いたとしても、聞
かなかったふりをするだろうが。
「悪いんは、二週間も前倒しで誕生日祝いにきた大地やろ」
「一週間前だとお盆の帰省ラッシュにひっかかるし、一週間後だと忘れたのかとか何とか
嫌味言われるかと思ったんだよ」
「…当日来たらいいやん。…別に、日、ずらさんでも」
蓬生が眼鏡のフレームを指の節でちょいと上げて頬杖をつくと、大地は少し目を伏せ、唇
だけで笑った。
「…当日は、他にも祝ってくれる人がいるだろう。…ご家族とか」
「……」
蓬生は、『とか』の続きに耳を澄ましたが、大地は何も言わなかった。
「もう子供やないで。…誕生日かって、いつまでも家族とケーキ、いうわけやない」
苦笑で応じながらも、蓬生の脳裏をよぎるのは、いつもおおげさな誕生祝を用意している
幼なじみの顔で、…大地が言外に含むのも、彼の名に違いなかった。……けれど。
「子供じゃないのは知ってる。…だから、ここでお祝いなんだろう」
大地はまたはぐらかした。いっそ口にして嫉妬してくれればいいのに、言わないから余計
に苦しくなる。
「…阿呆」
ぽそっとつぶやいた蓬生の声は、大地には届かなかったようだ。
「…え?」
聞き返されて、蓬生は首を横に振る。代わりにそっと、カウンターの下で、膝に置かれた
ままだった大地の左手に右手を重ねる。大地は右利きで、蓬生は左利きだから、左に蓬生
が座ると、空いた手同士が寄り添い合って、ちょうどいい。
「…」
…重ねた下から大地の手がゆるりと動いて、蓬生の手を握る。つないだ手からじわり伝わ
る体温は、少しだけ蓬生をほっとさせた。
「…お待たせしました」
ようやくやってきたバーテンダーに、蓬生はラフロイグをロックでと注文したが、大地は
真顔でジンジャーエールを頼んだ。
「まじで!?」
「俺はまだ未成年なんだよ」
大地はかすかな含み笑いをのぞかせながら、わざとらしくしかめっつらを作ってみせた。
蓬生も嘆息する演技をする。
「しゃあないなあ。俺の、一口わけたるわ」
「おごるのは俺なのに、何でそんなにえらそうなんだ」
「そら、今日は俺が王様やもん。…やろ?」
「…確かに、ね」
周りから見えないように、つないだ手をカウンターの下の暗がりできゅっと握れば、穏や
かに笑う大地の瞳に欲情の光がちらりよぎった。喉仏もかすかにこくりと上下する。…蓬
生は少し嗤って、今はこれで許しといたるわ、と、内心で独りごちた。

……二人きり過ごす誕生祝いの夜は、…これから、だ。