お赤飯 「お帰り、忍人。もうすぐ夕食だから早めに降りておいで」 台所から風早が声をかけてきた。彼にしては珍しく、今日はずいぶん帰りが早い。自分の 椅子に腰掛けて、のんびりと夕刊に目を通している。今日の夕食当番は那岐で、コンロの 前に陣取って味噌汁の味を確かめており、千尋はかいがいしく那岐を手伝って食卓に皿を 並べていた。 忍人は風早にうなずいてみせてからひとまず階段を上がって自室に入り、通学鞄から弁当 包みを取り出そうとして、…ふと首をかしげた。 鞄の中に、見慣れない紙袋が入っている。 雑誌くらいの大きさと薄さだ。 「……?」 覚えがないが、中身がわからないと誰のものがまぎれてしまったのかもわからない、と、 とりあえず紙袋を開けると、その中には黒いビニール製の袋に入れられたものが入ってい た。 「………?」 念の入ったことだ、と思いながらそのビニール袋も開けて中身を取り出し、…忍人はその まま硬直した。同じ袋からひらりと何かが落ちたことにも気付かない。 その紙袋に入っていたのは、肌もあらわな女性が表紙の、…しかもあまり一般書店には穏 当に並べられない類の、…いわゆる、エロ本だったのである。 「お兄ちゃん、遅いね」 料理を並べ終わった千尋が首をかしげる。いつもきびきびしている彼なら、とっくに着替 えて降りてきてもいい頃だ。 「見てこようか」 忍人と同室の那岐がエプロンを外しながら言うと、それを制して風早が立ち上がった。 「俺が行くよ、ずっと座ってぼーっとしてたんだから、それくらいは」 ノックの音で、忍人ははっと我に返った。我に返ると、まだ手に持っていたどぎつい表紙 の写真が目に入って、思わず、爆発寸前の爆弾を手にしたときのように慌てて放り出す。 放り出されたエロ本は床を滑って、…狙ったかのように、「入るよー?」とのんきな声で 戸を開けて入ってきた風早の足元でとん、と止まった。 「………」 忍人はらしくもなくあわあわした。 「……か、…風早」 腰をかがめてゆっくりとその本を拾った風早は、しどろもどろになっている忍人をしみじ みと見て、 「…忍人も男の子だったんだねえ」 なんだかうれしそうに言った。 「赤飯でも炊こうかな。明日、ちょうど俺が食事当番だし、期待しておいて」 「せ、せ、せ、赤飯!?」 忍人は声をひっくり返した。 「いやー、俺、なんか安心したよ」 安心?安心って、何が、何で!? 「でもこういうのは、那岐にはまだ刺激が強いから、内緒でね」 那岐だけじゃなく自分にも充分刺激が強いから!!ていうかそもそも、 「俺のじゃない!」 「またまたそんな」 風早はにこにこしている。忍人はひたすら首をぶんぶん横に振った。 俺のものじゃない、断じて俺のものじゃない。 「まあとにかく、片付けて降りておいで。夕食だよ」 小豆からだと今日の晩からつけておかないと間に合わないから、明日はスーパーでゆで小 豆を買ってくるかなー、とこれみよがしにつぶやきながら部屋を出て行く風早に、忍人は 最期のあがきと叫ぶ。 「俺のものじゃないー!!!」 部屋の片隅に、一枚のカードが転がっている。 エロ本を一度も見たことないって言ってたから、買ってきてやったぞ。絶対お勧め、大事 に読めよ!! かなりありがた迷惑な友の友情に忍人が気付くのは、数日後になる。