宣戦布告


配達日指定郵便で二月十四日に神戸から届いたものは、高級そう、かつ見るだけで歯がう
ずくほど甘そうな、ホワイトチョコレートのトリュフの箱だった。受験が終わったら食べ
てくださいというメッセージカード付き。
開けて一分、その中身を睨み付け、結局大地は携帯を取り上げる。
「…もしもし」
「あれ、榊くんやん。…久しぶり」
電話から聞こえる関西なまりに、まだ何を言われたわけでもないというのに大地は眉間に
しわを寄せた。
「…盛大な嫌がらせをありがとう」
むっつりとそう言うと、土岐は穏やかでやわらかい、ごくごく人の良さそうな声で驚いて
みせる。
「着いたん?…ひどいなあ、嫌がらせやなんて。…めっちゃ美味しいねんで、そこのトリ
ュフ」
「だけど、嫌がらせなんだろう?」
淡々と大地が指摘すると、
「…」
微妙な間があって、
「…まあぶっちゃけ、嫌がらせやねんけど」
土岐の声は一変した。
「…だろうと思ったよ」
「かわいげないなあ。ちゃんと配達日指定にしたったし、チョコレートやし、ちょっとく
らいときめいたふりしてくれてもええんちゃうん」
「どうして俺が君にときめかなきゃならないんだ」
「あー。ホワイトデー、楽しみやなあ」
「人の話を聞いてるかい、土岐?」
「聞いてるー。…せやから、ホワイトデー楽しみや、言うてるんやんか」
「だからどうして…」
言いかけてふと、大地は黙った。
バレンタインデーがあれば、ホワイトデーがあって。…愛の告白の代わりに宣戦布告をさ
れたなら、当然お返しもそれ相応のということになるわけで。
「…そういうことか」
「…何」
電話の向こうでくす、と土岐が笑った。…何、と言葉では問いかけつつも、その実、大地
が気付いたということに彼自身も気付いている声だ。
「つまり、俺の受験が終わったら、遠距離喧嘩をしようって、…そういうこと?」
ふふん、と鼻で笑う声の後。
「…当たり」
肯定された。大地の口からこぼれるのはため息だ。
「何でこんな回りくどいやり方をするんだ」
「ときめいたやろ?」
「…何に」
「謎解き…というか、メッセージの裏を読むんに。……ホワイトデー、本気で楽しみやな
あ。どんな返しがくるんやろ」
「返すとは言ってない」
「返すで、榊くんは」
「…何故決めつける」
「俺に、『あー、榊くん何もネタ思いつかんかってんなー』って言われんの、めっちゃ悔
しいはずやもん」
「……」
大地は否定できなかった。
「…」
もう一度ため息をついて、電話を持たない手で前髪をかきあげる。
「…楽しいかい、土岐。…俺とこんな会話をしてて」
「めっちゃ楽しいよ。何で?…榊くん、俺がネタふって、わからんっていうことないもん。
…俺も榊くんが仕掛けてくるネタやったら拾えるし、返せるし。神経太いからけんかする
んに遠慮いらんしなあ」
「……おい」
神経が太いと、何故決めつける。
「こんな相手、めったとおらんで。…俺にも、君にもや。…ぴったりくる彼女見つけるよ
り確率低いと思う」
「……」
土岐の言葉尻の思いがけない優しさに、大地はふと言い返す言葉を飲み込んだ。とたん、
「あ、今ちょっと喜んだやろ」
「喜んでない!」
土岐に嬉しそうに言われて反射的に怒鳴り返す。
「素直やないなあ」
嘆息しつつも土岐は何故か満足げな声だ。…大地はまた、猫を連想する。…ネズミを楽し
げにいたぶる猫。
「…喜んではないけど、…ホワイトデー、覚悟してろよ」
ネズミ扱いも犬扱いもごめんなのに。…断ち切ろうと思えば出来るはずなのに。
……大地は、そうしなかった。
「……」
ふ、と、……土岐が笑う。
「了解。楽しみやわ。……ほな、またな。…お勉強、がんばりや」
ふっつりと切れた電話をしばらく眺めた後で、机の上に放り出す。…開けたチョコレート
の箱からトリュフを一つだけ取り出し、うさんくさそうに眺めてから口に放り込んで、大
地は、箱を受け取って中断していた問題集をもう一度開いた。
苦い顔で、口の中でとろけていくチョコレートをごくんと飲み下す。

…毒のように甘い、と思った。