鹿せんべい


「律?…どうした、何だか難しい顔して」
律は無言で、ひらひらと手紙らしきものを振ってみせた。膝には土産物屋のものとおぼし
き包装紙に包まれた小箱が一つ。
「…?」
大地は首をひねる。それを促されたととったか、律はため息つきつき話し始めた。
「弟と幼なじみが中学の修学旅行で京都と奈良に行ったらしい。…二人連名でおみやげを
送ってきてくれて、…まあ、そこまではよかったんだが」
そこでもう一度律は手紙を振る。読めということかと、大地はその手紙を受け取った。
「えーと、何々……。……おいしそうだったので、鹿せんべいを買いました。おみやげに
送ります。………」
……えー、っと。
「弟たちと俺は同じ中学校だ。俺も修学旅行には京都と奈良に行った」
憮然とした顔で律が言う。
「だから知ってる。奈良の鹿せんべいは、普通、鹿が食う」
「……えっとー、………そうだな、確かに」
「それを、おいしそうだったからと送られても」
大地はがしがしと頭をかいた。
「…まあ、とりあえず開けてみなよ。人間用かもしれないし」
「……」
「…あーはいはい、俺が開けるよ」
むっつりしたまま動かない律に変わって、大地は包み紙を丁寧に開けた。
中から出てきたシンプルな箱に書かれていた一言。
その字を読んで、大地は思わずぷっと吹いた。
「律、違う」
「何が」
「鹿せんべいじゃない、鹿サブレって書いてある。…ちゃんと人間用だ。手紙に書くとき
書き間違えたんだよ」
一瞬ぽかんと口を開けた律は、次の瞬間がくりと肩を落とした。
「……そそっかしいにもほどがある……」
「まあでも律も、包みを開けもしないで困ってたじゃないか。そそっかしいのはお互い様
なんじゃないか?」
う、と少し恨みがましい目で自分を見る律を、かわいいなあと思ってしまう。律のヴァイ
オリンだけ聞いて、遠巻きにしている連中は、律のこんな姿を知らない。けれど、彼の弟
や幼なじみは、もっともっと素のままの、自分の知らない律を知っているんだろう。
小さな優越感と大きな羨望に代わる代わる揺られながら、大地は、なあ、と律にねだって
みた。
「それ、俺にも少し分けてくれないか?」
ごく自然に一枚を半分こする律の姿を見ながら、大地はまた目を細めた。
いろんな君の顔を、これから少しずつ俺に分けてくれないか。……もっともっと、仲良く
なろう。大好きだよ、律。