好きとか、嫌いとか。


我に返って考えたら、榊くんに関して目につくんは、いっつも好かんところばっかりのよ
うな気がする。
実力不足やのに、余裕とはったりかましてるとこも、そのくせ、自分が役不足やったらす
ぐ降りる、て、根性のないこと言うとこも、頭の中も視界も如月くんしか入ってへんとし
か思えんその態度も。…生粋の横浜弁は、正直俺には耳障りやし、一pだけやけど身長が
俺より高いことも何となく気にくわんし。
ぶっちゃけ、否定するところをあれこれ数え上げたらきりがないのだ。
………だが。


「チョコレート、届いたかい?」
電話の向こうの声は、いつも通り少しいらっとくるくらい余裕を含んでいる。蓬生は相手
には見えないとわかっていながらも、思いっきり仏頂面で返事をした。
「受け取ったけど。一応」
「美味しかった?」
大地の声はうれしそうに少し上擦った。……喜んでんちゃうわ、…阿呆、という、蓬生の
内心の感慨を、彼は知らない。
「まだ食べてへん。…そもそも、何で俺が君からチョコレートもらわなあかんのん。意味
わからへん」
「それを言うなら、チョコレートが苦手だって公言している俺のところにチョコレートを
送りつけてくる君もいかがなものかと思うけどね。…君は少なくとも、チョコレートが嫌
いじゃないんだろう?」
声は失笑を含んでいる。…上手い返しが思い浮かばなくて、蓬生は無言を返した。
大地は電話の向こうで小さくため息をついたようだ。
「…俺は、一粒だけだけど、ちゃんといただいたよ。苦手なのに頑張ったんだよ、ほめて
ほしいな。ホワイトチョコで中にイチゴのクリームが入ってて、…うーん、正直、おいし
かった、と素直には言えないんだけど、きっと美味しいチョコレートなんだろうな、とは
感じたよ。ありがとう」
「……」
……どんだけ律儀やねん。…蓬生は心の中でそう一人ごちた。
蓬生はわざと、大地が一番苦手そうな類のチョコレートを選んで送ったのだ。何だよこれ、
食べられないよ、と、…ただそういう反応を返してくれるだけで充分だった。
だが、大地は食べたという。しかも、そのことに礼を言う。
蓬生がその場を見たわけではないから、大地が本当に食べたかどうかはわからないが、…
たぶん彼は、言葉通り本当に食べたのだろうなと思う。
なぜなら、美味しかったと素直には言えない、と口にしたからだ。
食べていないのなら、ホワイトチョコでコーティングされたチョコの中身はわからないだ
ろう。適当にあしらうなら、食べていなくても口だけで美味しかったよと言うだろう。蓬
生は事実を確かめようがないのだから、嘘をつくのは容易なはずだ。
なのに、上っ面の美味しかったを言わない。
「…阿呆か」
思わず出た一言に、電話の向こうの大地は喉を鳴らすような声で笑った。
「君のその『阿呆か』を聞けただけでも、がんばってチョコを食べた甲斐はあったな。…
俺は、蓬生のその言葉が好きなんだ」
「……はあ?」
非難されて喜ぶ大地が解せず、蓬生が声を裏返すと、だってさ、と、まだくつくつ喉を鳴
らしながら大地が言う。
「蓬生の『阿呆か』は、『好きだ』に聞こえるよ」
「…っ阿……」
とっさに言い返す言葉が思い浮かばなくて、また『阿呆か』とうっかり叫びかけ、蓬生は
ぐっと言葉を呑み込んだ。
心臓がドラムロールのような速さでばくばくと鼓動を打ち付けている。頭がふわふわぐる
ぐるした。
何勘違いしてるんや、とか、思い上がりもいい加減にしいや、とか、出てきた言葉をどれ
だけ投げても、ただ大地を喜ばせるだけのようで、口に出来ない。
……きっぱりと大地の考えを否定する言葉を、蓬生は持たない。
………なぜなら。…大地の言葉は、真実だったから。
本当に呆れ、ののしりたい時は、蓬生はもっと他の言葉を使う。阿呆か、と口にしていな
すのは、親しみを持ち、愛おしく思う相手だけ。

『阿呆か』
(好きや)
『阿呆やな、榊くんは』
(君が、好きや)

気付かれていないと思っていたことを大地が察していたことに驚いて、いたたまれなくて、
無言を続ける蓬生に、大地はさらりと言った。
「……早く否定しないと、事実だと思っちゃうよ?」
「………っ、…あ、…!」
周章狼狽して、言葉を探して、…出てきたのはやっぱり、
「…阿呆っ!」
同じ言葉で。
「…はは」
大地は笑った。…ひどくうれしそうだった。
「…ありがとう」
何を礼言うてんねん、と蓬生が今度こそ言い返そうとしたときに、先手を打たれた。
「……大好きだよ、蓬生」
低く、甘く。耳の奥にそっと落とすような、…丁寧でとろける声。
「………っ!」
その瞬間、ぞくりと背中に走った快感に、蓬生はきつく目を閉じた。

−………本当に、あれもこれも気にくわない男だ。…だけど。……だけど。

「…ほんまに、阿呆ちゃうか」
「…うん。…そうかもしれないな。……どうしようもないくらい、俺は君が好きだよ。…
…蓬生」
「………っ」

−……大地の、睦言を囁くときの声の艶は、……嫌いじゃない。