証明

「かわいい靴売ってるとこ、どっか知らん?」
目の前に土岐が立って、突然そう聞いてきた。
「かわいい靴?」
「もちろん、女物の」
ということは、ひなちゃんへのプレゼントか何かだろうか。…にしても。
「唐突に何なんだ」
「明日、誕生日なんよ」
「誰の」
「俺の」
言って、ふふっと笑う。…その笑みを見て、なぜ靴が必要なのか少しわかった気がして、
わかる自分が嫌になった。
ため息一つ。
「…心当たりがあるよ。…案内する」

店の前でじゃあねと別れた。そのままその場を立ち去りかけてふと、近くのコンビニに俺
は入った。冷蔵ケースの中から無難そうな健康茶のペットボトルを一本買って、もう一度
靴屋をのぞくと、仕事の早いあいつはもう選んだ靴を包んでもらっていた。
ので、少し店の前で待つ。
紙袋を下げて出てきた土岐は、俺を見て驚いた顔をした。
「待っててくれたん?」
「そういうわけじゃないんだが、結果的にそういうことになったな。…買い物が早いね」
「いいのがすぐ見つかったからね。…さすが榊くん、いい店知ってるわ」
「そりゃ、どうも」
土岐の顔はいつもからかうような笑顔が浮かんでいる。俺はふんと鼻を鳴らして、その額
に、冷えたペットボトルを押し当てた。
「…っ、冷た。…何、いきなり」
からかいよりも驚きが勝った顔を見て、俺は満足する。
「あげるよ」
「て、…お茶を?なんで?」
「誕生日なんだろう?」
土岐は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。そして
「やっすう」
笑い出す。
「高いものを俺が贈ったら裏を疑うだろう?」
「安ぅても疑うわ、榊くんからプレゼントやなんて。…毒入ってるんちがうん」
「封を切ってないペットボトルにどうやって毒を入れるって?」
「榊くんやったらなんとでもやりようがありそうやし」
こいつは俺を何だと。
ため息混じりに、じゃあいいよとペットボトルを引っ込めかけたら、ふと、長い指が俺の
手を押さえた。
「毒が入ってないって証明してくれたら、受け取るわ」
「…どうやって」
封を切ってないことが証明にならないと言われたのに、何をすれば証明になる?
「一口飲んでみせて」
………。
これは、土岐のお得意のお遊びだ。からかわれている。…それはわかっていたけれど、生
来の負けず嫌いがむくむくと頭をもたげる。
俺は無言でペットボトルのキャップをねじり、ごくりと乱暴に一口飲んでそのまま土岐の
手にペットボトルを押しつけた。
「ありがと」
言って、土岐もペットボトルに口をつける。一口飲んで、ぺろりと舌でペットボトルの飲
み口をなめた。
唇が動く。声は出さないが、動きで土岐がなんと言ったのか俺は読み取る。
『間接キスやね』
紅い舌がちらりと今度は自分の唇をなめて、口の中に消えた。
それを見た瞬間、俺の中に奇妙な感覚が生まれる。
実際には触れてもいないのに、土岐の唇に触れ、その紅い舌が俺の中に入り込んでくるの
をうっとりと享受したかのような。
じわり、何かが俺の中で乱れていく。
俺の姿に何を見たのか、土岐は笑っている。…そしてもう一口ペットボトルのお茶を飲ん
で、きゅっ、とキャップを締めた。
「今日は助かったわ。それからこのお茶も。…ありがとう、榊くん」
ふわり髪を揺らして土岐は俺に背を向ける。俺は腕組みをして日よけのあるショウウイン
ドウにもたれ、その後ろ姿が雑踏に消えていくのを見守った。
紅い舌が俺の中に入り込んできたような奇妙な感覚は、しばらく消えなかった。