宝探し

俺の曾祖父は厳格な人だった。ドイツに留学して医学を学び、帰国後、一代で病院を大き
くした辣腕の外科医だったそうだが、俺が知っている曾祖父はいつも、自室の窓際の揺り
椅子に腰掛けて、のんびりとパイプ煙草を呑んでいた。小さくて鶴のように細く、滅多に
笑わない彼は、丸々として赤ら顔、どこかパンを思わせる好々爺の祖父と比べると、子供
心に少し近寄りがたい人だった。パイプ煙草の匂いがきついのにも閉口した。だから部屋
に入ったこともあまりないのだが、たった一度だけ、親しく話した思い出がある。

その頃俺は、宝さがしに熱中していた。幼なじみのハルはまだ小さくて、遊び相手には物
足りず、一人遊びの中で一番時間がもつのが、あるかどうかもわからない宝物を探して庭
を探検することだった。
その日も、いつものように見た目さえもわからない宝物を探していると、いつのまにか曾
祖父の部屋の近くに来ていた。陽気がいいからか、部屋のフランス窓が開け放たれていて、
あの独特の煙草の匂いが流れてくる。
くさいな、と思って顔を上げた俺と、煙をふうっと吐き出そうとした曾祖父の目がひたり
と合い、彼は庭に向かって吐き出すはずだった煙を室内に追いやった。それから、パイプ
を傍らのテーブルに置き、片手にスコップとバケツ、片手に何故か懐中電灯という俺のい
でたちをまじまじと見た。
「何をしている」
しわしわのおじいちゃんは声までしわしわしているな、と、そのときの俺は思った。今思
えば、煙草のために声がしゃがれていたのだろう。
「宝さがし」
滅多と話さない大きいおじいちゃんに話しかけられたことにびっくりして、俺は少し小さ
な声で返事した。
「そうか」
曾祖父は俺の空のバケツをのぞき込む。
「何か見つかったか?」
「まだ何も」
「そうか」
同じ言葉を繰り返し、彼は少し考え込んだが、少し待っていなさいとつぶやいて不意に立
ち上がった。足を引きずることもなくかくしゃくと歩いて、部屋の奥の書き物机の前で引
き出しを探り始める。待つほどのこともなく、何か小さな小箱を持って戻ってきた彼は、
俺に向かってその箱を差し出した。
「せっかくの宝さがしだ。空荷では帰れないだろう。これを持って行きなさい」
箱の中には古びた指輪が入っていた。宝物っぽい。わくわくしてきた。
「これ、何?」
弾む声で聞いた俺に、静かに曾祖父は答えた。
「妖精が見える指輪だ」
俺は弾かれたように曾祖父を見上げた。先にも言ったとおり曾祖父はとても厳格で、およ
そ冗談など言わない人だったからだ。俺は咳き込むように矢継ぎ早に聞いた。
「それ本当?おじいちゃん見たの?この指輪、どうして持ってるの?誰にもらったの?」
曾祖父は俺の勢いに驚くそぶりも見せず、一つ一つ順を追って答えてくれた。
「本当かどうかはわからない。私は見たことがない。私はドイツに留学したが、留学生仲
間は医者よりも音楽家が多くて、音楽をまるで楽しまない私に、あの手この手で音楽を勧
めようとした。……その頃の友人の一人にもらったものだ。持っていればいつか必ず、音
楽の妖精に会えると言っていた」
言って、曾祖父は少し遠くを見る目になった。思い出をたどるためではなく、実際の建物
の方角を探すために。
「…そら、坂の上に音楽の学校があるだろう。私にこれをくれたのは、あの学校の創立に
関わりのあった男だ。生真面目でお人好しで、…悪い冗談を言うような男ではなかった。
私が意地を張らずに音楽に親しんでいれば、彼の言うとおりいつか妖精が見えたかもしれ
ない」
淡々と話して、持っていきなさい、と曾祖父は繰り返した。
「お前は、妖精に会えるといいな」

この件があってからほどなくして、曾祖父は鬼籍に入った。百歳を目の前にしての大往生
だった。葬式は、人が多かったことと夏の暑い日だったことがぼんやりと思い出せるくら
いで、ほとんど何も覚えていないのだが、出棺の時、なぜか無闇に光がキラキラとまぶし
かったことだけは今も忘れない。…なぜかひらひらと光が揺れているようにも見えたが、
おそらくそれは俺の気のせいだったろう。

もらった指輪が形見になった。
長い間俺はそれをしまいこんでいた。子供の頃の俺には大きすぎたし、常識を学ぶうちに、
妖精の指輪という曾祖父の言葉を素直には受け取れなくなってきたから。
だが星奏学院を受験し、律と出会った日、…俺は引き出しを開け、あの指輪をはめてみた。
…まるで俺の成長を待っていたと言わんばかりに、そのとき指輪はぴたりと俺の指にはま
った。
…曾祖父は、この指輪をくれたのは星奏の創立に関わりのあった人だと言った。ならば、
星奏に進学する俺の指に、これが今ぴたりとはまるのは、何か意味があるのかもしれない。
いつか、音楽の妖精にめぐりあう、…そんな日が来るのかも。

以来俺はずっと、この指輪をはめている。……誰にもその理由を話したことはない。