Tanti auguri di Buon compleanno! 「おーや、ようさんもうて。…今年も盛況やね、千秋」 蓬生が幼なじみの机の上に出来たプレゼントの山を気のない様子でつついた。応じる千秋 も肩をすくめて、 「まあな」 返事は短い。 「とはいえ、毎年あんまり変わり映えはせんねえ。…なんか目新しいもんあった?」 「そうだな、敢えて言うならこれか」 千秋がひらひらと振った白い封筒を、蓬生は首をかしげてのぞき込む。 「…何やの、それ」 「地味子からのバースデーカードだ」 「…へえ、それはそれは」 蓬生はひゅうと短く口笛を吹いた。 「小日向ちゃんもまめやね」 「まあ、単に小日向から送られてきたというだけなら、それほど目新しくもないんだがな」 言って、千秋はくっくっと喉を鳴らした。 「見ろよ、これ」 「何。……って、…うわあ」 渡されたカードを一目見て、蓬生もくつくつ笑い出した。 かなでが丁寧に書いたのであろう祝いの言葉。そこに律からの添え書き。…そこまではい い。そこまではいいが。 「あまりにも大人げないだろう、これは」 千秋が含み笑いつつも鼻を鳴らす。 かなでの字を読みづらいと感じるほど、余白に書き込まれた、否、うっかりするとかなで の文字の上にまで書き散らかされた文字。内容は一応祝いの言葉、ではある。筆跡から察 するに、一人ではなく二人。 「たしかに、かなり大人げないなあ」 カードに名前がなくて、顔見知りになった星奏の生徒は三人。一人はこういう悪ふざけに 参加しそうもない、堅物。とすると。 犯人の顔を思い浮かべて蓬生が額を押さえていると、楽しげに、なぜか少しささやくよう に、千秋が宣言した。 「俄然やる気がわいてきた」 「…はあ?」 何の、と聞くと、決まってるだろう、と胸を張って。 「仕返しだ。蓬生、なんでもいいから大人げない仕返しを考えろ」 「…あのな、千秋」 仕返しというだけでも充分大人げないのに。 「その上にまだ大人げないって形容詞つけるか。……大人になったんやろ、千秋?…もう 十八や。酒と煙草はまだあかんけど、免許も取れるし結婚も出来る年やで」 蓬生としてはたしなめたつもりだった。しかし千秋は、 「なるほどそれだ」 と指を鳴らす。 「榊はまだ十八になってないはずだな。そのへんをつついてねちねちいじめるか」 「……千秋……」 「冗談だ、本気にするな」 「……楽しそうやね」 「…そうだな。俺を子供の遊びに引きずり込もうとする奴が、まだいるとは思わなかった」 流し目で笑いかけてくる千秋の顔を見て、蓬生は少し目をすがめる。今までふざけた話を していた顔と、がらりと印象が変わった。 「…あいつらにはまだ、俺は子供なんだな」 学生ながら、既にベンチャー経営に手を出している千秋だった。彼の親は大手銀行の頭取 だが、親の力を借りているわけではない。自分の見識とセンスで経営という道に踏み込ん だのだ。その彼の周りに、彼を子供扱いする者は余りいない。敢えて言うなら彼の母親く らいか。彼の父親でさえ、場合によっては息子をビジネス相手と遇する。彼の周囲にいる 崇拝者たちも、学校の教師も、彼に子供を期待しない。 蓬生はもう一度カードを取り上げた。…余白に書き込まれた字の始まりや筆跡を見ると、 やり始めたのは榊なのだろう。響也の方はその榊の行動にのせられたのだろうが、エスカ レートしてやりすぎになっているのは彼だ。 「…榊だろう」 蓬生が何を観察しているのかに気付いたらしい。千秋が声をかけてきた。 「そうみたいやね」 ぺたんと千秋の額にカードを押し当てて、…ゆるり、蓬生は笑う。 「まだ、子供でええよって、…もうちょっと自分らとも遊んでって、…そういうことなん かな」 「…だから、仕返しなんや」 ぽろりと関西弁をこぼして、もう一度千秋は笑った。子供らしく、快活に。 「やられっぱなしは、性に合わん。…お前も何か考えろ、蓬生」 「そうやな。…そうしよか」 蓬生は眼鏡のブリッジを押し上げて、そっと、千秋に笑いかけた。 一つ大人になる君に。あまり急ぎすぎるなと。…これもきっと、誕生祝い。 Tanti auguri di Buon compleanno!お誕生日、おめでとう!