短冊


「律」
突然呼ばれて振り返ったら、何かがひらりと落ちてきた。
「何だこれ。…短冊?」
とっさに受け止めると、落とした当の大地が、いい反応だなと少し驚く。
「毎年七夕にうちの病院で笹を飾るんだ。常連のおばあちゃん達が楽しみにしてて、凝っ
た細工物の七夕飾りを作ってきてくれるから結構豪華だよ」
…へえ、と言いながら、律が短冊の表裏を返して見ていると、せっかくだから律も何か書
かないか、と大地は言った。
「終わったらちゃんと近所の神社に持って行って拝んでもらうから、御利益あるよ」
「…あるのか?」
「……ええと。…どうかな」
言い切ったくせに、聞き返されると大地は苦笑でごまかす。
「患者さんの短冊は、足の痛みが取れますように、とか、骨が早くくっつきますように、
てな願い事ばかりだからなあ。神様が叶えてくれるというよりは俺の父の腕次第というか」
律は吹き出した。…が、はたと思いつく。患者ばかりが短冊をつるすわけではないだろう。
「大地の願いは」
「去年のは叶った。高校合格」
…なるほど。中学三年生らしい願いだ。
「今年は、ヴィオラ上達」
ほら、と、高いところでひらひら黄緑色の短冊を振ってみせる。
「叶うかな」
「…それこそ、神様に叶えてもらうことを期待するより、自分で努力するべきじゃないか」
律の苦言に拗ねるかと思ったら、意外とあっさり大地はそうだなと受け入れ、…むしろ待
ってましたという顔でペンを差し出す。
「じゃあ、律ならなんて書くんだ?」
「…」
なんとなくはめられたような気もするが、固辞することでもないので、促されるまま律は
素直にペンを取った。
「……これでいいか」
水色の短冊に迷わず書き上げたのは「全国優勝」の四文字。
「上出来」
にっ、と笑って、大地は先刻の黄緑の短冊を差し出して見せた。
ヴィオラ上達、と書いてあるはずのその短冊には、こう書いてある。
「………全国優勝」
声に出して読んで、…律は少し拗ねたような目で大地を見上げた。
「…同じことを書いているんじゃないか」
「同じことを書いた律の短冊がほしかったんだよ」
大地がしれっと言う。
「俺が書くよりお前が書く方が、音楽の神様のお覚えが目出度そうじゃないか。俺が同じ
ことを書いていると知ったら、お前はたぶん書かないだろうし」
「…何だそれは」
言いかけた律の文句はさらりと遮られた。
「せっかくだ、今日うちに寄って笹にこの短冊をつけていけよ。おばあちゃんたちの力作
も見がいがあるから」
もしかしたらそれを誘うのが元々の目的だったんじゃないのかと少々訝しみつつ、律はう
なずいた。…満足げな大地の笑顔にはどうしても抗えない。
「そうだな、せっかくだから、……一緒に帰ろうか」