ところてん


「なんで酢醤油でところてんが食べられるんか理解できへん」
小卓を挟んで向かい合わせに座る男は、眼鏡を指の節で押し上げてしみじみと慨嘆した。
うつむいたせいでうなじから胸元にこぼれていた髪をうっとうしそうに払いのけるのを見
て、うっとうしいなら切ればいいのに、と、ふと思う。
「酢醤油じゃない、三杯酢だ」
「同じやん」
箸で指されて、行儀が悪い、と軽く鼻を鳴らすと、鼻を鳴らすんも行儀悪いわ、と返され
た。仕方がないので大地も言い返す。
「俺に言わせれば、黒蜜でところてんが食えるほうが変だね。…甘いじゃないか」
「甘味屋に入ってんねんで?酢いもん食べる方が変や」
とにかくああ言えばこう言う。面倒くさくなって、大地は話題を変えた。
「そういえば、うちの水嶋が言ってたが、至誠館の水嶋はカルピスでところてんを食べる
そうだよ」
「……は?」
蓬生は一瞬絶句したが、やや首をかしげて考え込んだ後で、
「……まあ、……許せない、こともない」
と言ったので、今度は大地が絶句した。ことごとく好みがかみ合わない相手ではあるが、
さすがにこの暴挙は否定すると思ったのに。
「嘘だろ!?カルピスだぞ!?」
「…いやまあ、好きでそれを食べようとは思わへんけど、酸っぱいよりは甘さがかつやろ
うから、食べられへんことはないと思う…。……酢醤油に比べたら」
「三杯酢」
「はいはい、三杯酢」
「………」
大地はしみじみとため息をついて、忘れ去られたようなところてんを一口口に運んだ。
「君とは本当に、ことごとく気が合わない」
「そうやね」
けろりと蓬生は笑う。
「榊くんとはどっこも合わへん。そこが楽しいし、せやから…」
「……」
ひっそりと消えた言葉をかすかに耳にした大地はまじまじと蓬生を見た。蓬生は涼しい顔
で、同じように忘れ去られていたところてんをつるんとのみこむ。
「…土岐?」
確かめたくて名を呼んでも、どこかの誰かはつれなくて、大事な言葉は二度と言わない。
「汗もひいたし、ところてんもいただいたし、そろそろ出えへん?…男二人で長居するに
はむかん場所やで、ここは」
ぐるり見回す店の中は、女性ばかりで。…確かに長居はしづらい。
勘定書を手に立ち上がる蓬生の手からその薄い紙を奪いながら、大地は低く耳打ちするよ
うに問うた。
「さっき、何て言った?」
「何のことやろか」
そらとぼけて、蓬生は小銭を大地の手に押しつけた。榊くんに借りを作るのは気ぃ悪いか
ら、と一言付け加えるのはいかにも小憎らしく、いつもの蓬生で。
あの一言はやはり自分の気のせいだったかと、勘定を済ませてため息をつきつつ大地が外
に出ると、蓬生は腕を組んで店の外壁にもたれながら待っていた。
戸口から出てきた大地を、ちらりと流し目で振り返って、艶然と笑う。
「…お利口にしてたら、…いつかもう一度、聞けるかもしれんよ?」


せやから、君が好きなんよ。