夜の新幹線


一泊二日の強行軍だった神戸旅行も終わろうとしていた。
行きは元気はつらつだったメンバーも、帰りは疲れ果てたのか、京都を過ぎたあたりで皆
安らかな寝息をたてはじめた。大地の隣の席では、律も目を閉じて眠っている様子だ。…
起こさないように気遣いながら、そっとかばんを開ける。
時間があったら読もうと持ってきていた本が二冊。結局どちらも手つかずだった。新横浜
に着くまではまだ二時間弱あるはずだ。半分くらいは読めるだろう。
どちらにするかと背表紙を見比べていると、ふと、視線を感じた。
「…本か?」
寝ているのかと思った律が、静かにこちらを見ている。
「起こしたかい?」
「いや、寝ていたわけじゃない。…何の本?」
ええと、と大地は少し言葉を探した。どちらの本も簡単には説明しにくい。
「脳に関する講義を本にしたものと、スペインの作家のちょっと幻想的な小説。…興味あ
る?」
律が難しい顔になったので、大地は小さく笑った。確認はしていないが、たぶん律と自分
とではかなり本の趣味は違うだろう。大地が今手にしている本を律がめくっても、あまり
楽しまないだろうと思う。
…だが、予想に反して、律はそっと本を持つ大地の手に手を伸ばした。
「…っ」
触れそうで触れない律の指先に、少し心が震える。大地が必死に動揺を押し殺していると、
律が確かめるように小声で問うた。
「…二冊一度に読むわけじゃないんだろう?」
「……ああ、まあ」
「じゃあ、片方。…少しだけ読ませてくれないか」
「そ、れはかまわない、けど」
大地は少し戸惑った。背表紙を、さっきよりも真剣に見比べる。
「…どっちがいい?」
「……」
律も少し困ったような目で本を見たが、すぐにあっさりと決定を委ねた。
「どっちでもいい。大地が今読まない方を選んでくれ」
「そんな」
「いいんだ。…俺はただ、大地がどんな本を読むのか、興味があるだけだから」
「……」
迷って、結局大地は小説の方を律に渡した。ありがとう、と小さくつぶやいて、律は本の
ページをはらりとめくる。髪が落ちて頬に掛かるのを押さえながら読む仕草がきれいで、
見とれる。
視線に気付いたのか、律がふと、大地を見た。小さく笑う。
「…見られていると、本は読みづらい」
「ごめん、そうだよな。……でも」
大地は律の手から、貸したばかりの本を取り上げ、自分の手元にあった本と一緒にかばん
につっこんだ。
「…大地?」
「…起きているなら、話そう。律が起きてると知ってたら、本なんか出さなかった。一緒
にいるのに別々の本とにらめっこなんて、つまらないよ」
律はゆっくりと一度まばたいて、……笑った。
「……確かに」
夜の中を新幹線は横浜へとひた走る。肩を触れあわせて静かに語らう、あと二時間。